埼玉の地下に、神殿があります。首都圏外郭放水路と、それを動かしている人たち

建設業の歴史と未来

埼玉県春日部市。地上には、道の駅と、サッカー場と、ふつうの住宅地があります。その真下22メートルのところに、天井を59本の巨大な柱が支える空間が広がっています。

映画やドラマの撮影で見たことがある人もいるかもしれません。通称「地下神殿」。正式な名前は、首都圏外郭放水路の調圧水槽といいます。

柱1本が、約500トンあります

国土交通省の江戸川河川事務所が公開している数字を並べると、こうなります。

  • 長さ177メートル、幅78メートル、高さ18メートル
  • 地下22メートルの位置
  • 柱は全部で59本
  • 柱1本につき、奥行き7メートル、幅2メートル、高さ18メートル、重さは約500トン

重さ500トンというのは、水に置き換えると1リットルのペットボトル50万本ぶんです。それが59本、高さ18メートルで立っています。

この部屋は、ふだんは空っぽです。大雨のときにだけ、地上の川からあふれそうになった水がここに流れ込みます。水は軽そうに見えて、1立方メートルで約1トン。その量を受け止めるための部屋だと思うと、柱の太さにも納得がいきます。

入口は、深さ70メートルの縦穴

水がここに来るまでの道のりも、なかなかのものです。

まず、地上の中小河川から水を取り込む縦穴が5本あります。江戸川河川事務所によると、各立坑(りっこう=地面を垂直に掘った穴)の深さは約70メートル、内径は約30メートル。同事務所のページには「スペースシャトルや自由の女神がすっぽり入る大きさです」と書かれています。

その5本の縦穴をつなぐのが、全長約6.3キロメートル、内径約10メートルのトンネルです。国道16号の地下50メートルを通っています。

道路の下を、直径10メートルの川が流れている。そう考えると、通勤で16号を走っている人の足元の風景が少し変わります。

最後は、ジェット機のエンジンで水を押し出す

調圧水槽に集まった水は、庄和排水機場のポンプで江戸川へ放り出されます。ここがいちばん豪快です。

同事務所の説明によると、地下には1秒間に50立方メートルを排水する巨大ポンプが4台。フル稼働させると1秒間に200立方メートル。汲み上げる高さは14メートルで、国内でも最大とされています。

そしてその動力は、「航空機用に開発されたガスタービンを改造したもので、出力は14,000馬力」。飛行機のエンジンで、水を持ち上げているわけです。

13年かけて、約2,300億円

この施設は、平成5年(1993年)3月に工事に着手し、平成18年(2006年)6月に整備が完了しました。事業費は約2,300億円です(関東地方整備局の事業評価資料より)。

効果も数字で公表されています。同資料によると、部分通水を開始してから平成23年12月末までに69回、合計11,233万立方メートルの洪水調節を実施。最大の流入量を記録した平成20年8月の集中豪雨では約1,172万立方メートルを引き受け、浸水面積は4.54平方キロメートル、浸水戸数は1,143戸減少したとされています。

事業評価では費用便益比(=かけた費用に対して、どれだけの効果が見込めるかの比率)を3.2と算定しています。ただしこれは耐用期間50年で見込まれる被害軽減額を現在価値にしたもので、すでに実現した金額ではありません。ここは誤解されやすいので、念のため。

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洪水のあとに待っているのは、泥かきです

さて、ここからが本題です。この施設は、放っておいて動くものではありません。

江戸川河川事務所は、防災教育のページでこう書いています。洪水のときには職員が「ゲート操作を行い地下トンネルに洪水を取り込むとともに排水機場のポンプを稼働させ江戸川に洪水を排水する」。そして——

地下神殿(調圧水槽)に水が流れ込むと、細かい土砂も一緒に入ってきてしまいます。そのため、洪水調節が終わった後は広大な調圧水槽の泥掃除をしなければなりません

同ページには、その広さが「東京ドームのグラウンド約1つ分」と書かれています。

台風が過ぎて、街が日常に戻ったころ。地下22メートルでは、東京ドームのグラウンドくらいの床にたまった泥を、人が片づけています。ニュースにはなりません。

ちなみにこの施設は、事前申込で見学できます。企画運営は東武トップツアーズ株式会社で、国土交通省のインフラツーリズムのポータルサイトにも掲載されています。同サイトでは「日本が世界に誇る最先端の土木技術を結集して建設された、世界最大級の防災目的の地下河川です」と紹介されています。

なお、施設点検などで見学会が行われない日があるので、行く前に公式の案内を確認してください。

こういうものを、誰がつくっているのか

道路、橋、トンネル、ダム、河川——建物ではない構造物をつくる工事を、国土交通省の区分では「土木一式工事」と呼びます。定義は「総合的な企画、指導、調整のもとに土木工作物を建設する工事」です。

そして、その現場で工程・品質・安全・原価を管理する役割が施工管理です。工程=いつまでに何を終わらせるかの段取り、品質=図面どおりにできているかの確認、原価=予算の中に収めること。現場で図面を見ながら人と機械を動かす仕事、と考えるとイメージしやすいと思います。

首都圏外郭放水路のような施設は、つくって終わりではありません。点検し、掃除し、直し続ける仕事が、そのあとに何十年も続きます。13年かけてつくったものを、そこから先ずっと維持していく。建設という産業の時間の単位は、ほかの仕事とかなり違います。

「完成したら人の目に触れなくなる仕事」に惹かれる人は、一定数います。地下22メートルの現場は、まさにその極端な例です。

情景の話ばかりでは決められないと思うので、給与の数字も置いておきます。

厚生労働省の「令和7年賃金構造基本統計調査」によると、建設業の賃金は366,300円、全産業の平均は340,600円です(いずれも男女計。ここでいう賃金は令和7年6月分の所定内給与額で、残業代と賞与は含みません)。

産業全体で見れば、建設業は平均より高い水準にあります。ただしこれは産業全体の平均であって、会社や職種、経験によって大きく変わります。「建設業なら高い」と読み替えないでください。

よくある質問

Q. 地下神殿は、いつも水が入っているのですか?

入っていません。大雨のときに川の水を引き受ける施設なので、ふだんは空です。だから見学ができます。ただし施設の点検などで見学会が行われない日があるので、公式の案内を確認してから予定を立ててください。

Q. 未経験から、こういう現場に関われますか?

同じ規模の現場にいきなり入るのは現実的ではありませんが、土木の施工管理は未経験からの募集も出ています。測量の補助、写真や書類の管理、安全確認といったところから始めて、働きながら資格を取り、経験を積んでいくのが一般的な道筋です。

Q. 土木の仕事は、体力がないと務まりませんか?

施工管理は、自分で重いものを運ぶ職種ではありません。段取りをつくり、記録し、確認するのが中心の仕事です。ただし屋外を歩き回る時間は長く、夏と冬の現場は体にこたえます。体力そのものより、外に出ているのが苦にならないかどうかのほうが、続けられるかを分けるように思います。

地下22メートルの巨大な空間も、飛行機のエンジンも、始まりは「この街を水から守りたい」という、ごく普通の目的でした。

建設の仕事は、そういうものの積み重ねでできています。どんな現場が自分に向いていそうか、話しながら整理してみたい方は、無料のキャリア相談をご利用ください。

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